スタッフが動かない税理士事務所が変わる、基準値の作り方と伝え方

先日、ある所長先生と打ち合わせをしていて、こんな話になりました。
「スタッフが面談で『勉強のモチベーションが湧かない』って言うんですよ。
事務所の雰囲気も、なんか最近悪くて……どうしたらいいですかね」
私、その話を聞きながら、心の中で少しだけ「あ、これ知ってる展開だ」と思っていました.
責めているわけじゃないんです。本当に。先生も一生懸命やってこられた。
スタッフのことも、ちゃんと大切にしてきた。だからこそ悩んでいる。
でも、ひとつだけ確認させてください。
「そのスタッフに、基準値を示したことがありますか?」
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【あるある】スタッフの”困った行動”が出る前に、よくある状況

会計事務所の所長先生と話していると、こういうお悩みをよく耳にします。
・「なんとなく、やる気が下がっているように見える」
・「業務管理ツールへの入力が、いつの間にか止まっていた」
・「面談で『評価されている気がしない』と言われた」
・「リーダーが、上からの指示を素直に受け取らなくなってきた」
・「改善提案をしたら、なぜか反論が返ってきた」
こういうことが続くと、「人の問題かな」「採用を失敗したかな」という方向に思考が向きがちです。
でも、ちょっと待ってください。
私が実際に現場を見ていて感じるのは、これらの多くが「人の問題」ではなく、
「基準値を出してこなかった側の問題」である、ということです。
これは、先生を責めているわけでもありません。
ただ、構造として「そうなる理由」があるんです。
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【理論の話】人のパフォーマンスは、「個人の問題」よりも「組織の問題」が大きい

ここで少し、マネジメントの観点から整理させてください。
人のパフォーマンスに影響を与える要因を大きく分けると、
「個人要因」と「組織要因」の2つがあります。
個人要因というのは、スキルや知識、意欲、体調などのことです。これはその人自身が持っているもので、外から直接コントロールするのが難しい部分です。
一方で組織要因は何かというと——
・業務基準や期待値が、ちゃんと伝わっているか
・評価の基準が、明確に示されているか
・役割や責任の範囲が、言語化されているか
・適切なタイミングでフィードバックが届いているか
・情報が必要なときに、必要な人に届く環境があるか
こういったことです。

そして、現場でよく起きているのが、この「組織要因」の整備が後回しになっているのに、
「やる気がない」「成長意欲が低い」という「個人要因」の問題として処理されてしまう、ということです。
これは、かなりもったいない状況だと私は思っています。
なぜなら、個人の意欲は直接コントロールできませんが、
組織の設計は直せるからです。
マネジメント論の世界でも、
「パフォーマンス不振の原因の大部分は、システム(仕組み)の問題であり、個人の問題ではない」
という考え方は広く知られています。
組織設計の視点で言えば、「不明確な業務基準」「曖昧な評価基準」「役割責任の不明瞭さ」は、
それ自体がパフォーマンスを下げる組織要因として明確に位置づけられています。
私がセミナーや研修でよくお伝えするのも、この点です。
スタッフの行動を変えたければ、まずその人の「環境」に手をつける。
人を変えようとする前に、その人が動ける「仕組み」を整える。
これは厳しい管理とはまったく別の話で、「動ける状態をつくってあげる」という視点です。
つまり、「基準を示す」ことは管理強化でも厳しくすることでもなく、
組織として当たり前に整えるべき土台なんです。
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【構造の話】基準がなければ、人は「自分に都合のいい基準」を作る

少し考えてみてください。
もしあなたが職員の立場だとして、「何をどれくらいやれば合格なのか」が一度も示されていなかったとしたら、どうしますか?
おそらく無意識に、「まあこれくらいやっていれば大丈夫だろう」という基準を、自分の中で作ります。
そしてそれが所長先生の期待値と違っていたとき、初めてすれ違いが生まれる。
でも、そこで「なんでわかってないんだ」と思っても、職員にとっては「自分なりにちゃんとやっていた」という感覚があります。
だから「評価されている気がしない」という言葉が出てくる。
基準が曖昧なままだと、頑張っても報われているかどうかが本人にも分からない。
これ、かなりしんどい状態だと思いませんか。
モチベーションの問題ではなく、「どこに向かえばいいかが見えない」状態なんです。
目標設定理論(Goal-Setting Theory)という考え方があります。「具体的で、難易度が適切な目標が示されているとき、人のパフォーマンスは最も高まる」という研究に基づいたものです。逆に言えば、目標や基準が曖昧なままでは、意欲があっても力を発揮しにくいということです。
「やる気がない」と見える状態の多くは、「どこに向かえばいいかが分からない」状態と非常に似ています。
もう少し踏み込んで言うと、基準が曖昧な状態では、「頑張っても意味があるかどうかわからない」という感覚が生まれやすくなります。
心理学的には「学習性無力感」と呼ばれる状態に近いです。自分の努力と結果が結びついているかどうかが見えないと、人は次第に行動する意欲を失っていく。これは性格の問題でも意志の問題でもなく、「構造の問題」です。
だからこそ、基準値を明示することは、スタッフを管理するためではなく、スタッフが「動ける状態」になるために必要なことだと私は捉えています。
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【実例】基準を出したら、景色が変わった

打ち合わせの中で出てきた話です(一部フィクションです)。
あるリーダー職のスタッフが、「勉強のモチベーションが湧かない」「事務所の雰囲気が悪くなった」と面談で主張していました。
所長先生は、「やる気がない人なのかな」と感じ始めていた。
でも、ふと振り返ってみると——
記帳業務のスピード目安、たとえば「1時間あたり100仕訳」という基準を、一度も明示したことがなかった、というんです。
試しに、その基準を示してみた。
「あ、自分、遅いんだ」と初めてそのスタッフに伝わった。
「じゃあ、何をどう練習すればいいか」が見えた。
モチベーションの問題じゃなかったんです。「どこに向かえばいいか」が分からなかっただけだった。
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もう一つ、よくある話。
業務管理ツールへの入力が、いつの間にか止まっていた。
「やめていい」と言った覚えはない。でも止まった。
繁忙期になると、人は「意味がわからないもの」から順番に省いていきます。
これは怠慢ではなく、人間の自然な認知上の判断です。
ツールの操作方法を説明するより前に、「なぜ使うのか」「使うとどう役立つのか」という目的が共有されていなかった。
だから止まった。
ルールやツールが守られない現場でよくある共通点は、「何のためにやるのか」が最初に伝わっていないことです。人は理由が分かれば動けますが、理由がないものは後回しにされます。
これは意志の問題ではなく、情報が足りていないだけです。
もう少し踏み込んで言うと、「目的が伝わっていないルール」はやがて文化を壊します。
「ミスをしたら報告しろ」と言っていても、報告した人が怒られていると、誰も言わなくなる。
「改善提案を歓迎する」と言っていても、提案した人が面倒事を押し付けられると、二度とアイデアは出なくなる。
「ツールに入力してほしい」と言っていても、入力しても何も変わらない・使われている気配がないと、人は静かに手を止めます。
文化とはスローガンではなく、「誰が得をする仕組みか」で決まります。
ツールを継続的に使ってもらうためには、「使うことで自分(スタッフ)にとっても意味がある」という体験が必要です。進捗が見える化されることで仕事の抜け漏れが減る、自分の頑張りが記録として残る——そういった実感が生まれたとき、ツールは初めて「自分ごと」になります。
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実は、私自身も同じ経験があります。
フローリー社内の話ですが(こっそり書きます(笑))、緩い基準でスタートさせたことがありました。最初は「あまり縛りたくない」という優しさのつもりだったんです。
でも後から日報の提出を求めたら、「それってハラスメントじゃないですか」という反応が返ってきた。
最初から「これが当たり前のルールです」と示しておけば、何の問題もなかった話です。
曖昧にした優しさが、後から一番しんどい状況を生みました。
「基準がない」ことが優しさになる場面もあるかもしれません。でも長期的に見ると、基準がないことは「あなたへの期待を持っていない」とも受け取られかねない。
ここが、もったいないポイントです。
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【整理】現場で起きている問題の根っこは、たいてい2つ

こういった現場の話に共通しているのは、結局この2点だと私は思っています。
① 「何をどのレベルでやればいいか」が言語化されていない
業務の習熟度でも、リーダーとしての行動でも、「合格ライン」が言葉になっていない。
だから、評価もできないし、本人の自己認識とのズレが埋まらない。
「なんとなくあの人は優秀」「なんとなくあの人はもう一歩」という感覚評価になってしまい、職員にとっては基準が見えないまま働き続けることになります。
評価制度のよくある失敗として、「基準をつくったが、何をもって合格かが書かれていない」というものがあります。「積極的に取り組む」「報連相ができている」と書いてあっても、それが「どの頻度で」「どの精度で」なのかが曖昧なままでは、評価する側も迷い、される側も迷います。
さらに言うと、基準がないまま評価が積み重なると、「あの人はなんとなく評価されている、自分はなんとなく評価されていない」という空気が生まれます。
これが職場の雰囲気を悪化させる一因になるケースが非常に多い。
「最近雰囲気が悪くなった」という所長先生の悩みの根っこを掘っていくと、評価の不透明さに行き着くことが少なくありません。 感情的な対立に見えても、実は「基準が不明確なことへのフラストレーション」だったりするわけです。
② 「なぜそれをやるのか」が共有されていない
ツールでも、ルールでも、「目的がわからないもの」は人が離れていきます。
使ってほしければ、使う意味を先に渡す必要がある。
「ミスをしたら報告しろ」と言っていても、報告した人が怒られていると、誰も言わなくなる。「改善提案を歓迎する」と言っていても、提案した人が面倒事を押し付けられると、二度とアイデアは出なくなる。
文化とはスローガンではなく、「誰が得をする仕組みか」で決まります。
この2つが欠けたまま「ちゃんとやってくれ」と言っても、残念ながらなかなか伝わりません。
これは職員の問題ではなく、組織設計の問題です。
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【提案】まず「基準値を出す」ことから始める、4つのステップ

じゃあ、何から手をつければいいか。
いきなり評価制度を整備しましょう、という話ではありません(そこはまた別途、じっくり取り組む必要があります)。
まずできることとして、こういう順番を私はおすすめしています。
① 現在地を確認する
今、スタッフに伝えている「合格の基準」は何か。
言葉にして出てきますか?
「ちゃんとやってほしい」「丁寧に対応してほしい」これは気持ちとしてはわかるのですが、職員から見ると「何が”ちゃんと”なのか」が分からない。
まず、「自分は基準を伝えてきただろうか」という問いを立てるところから始めてみてください。
② 一番小さな基準値から言語化する
全部一度にやろうとしなくていいです。
「記帳スピードの目安」でも、「タスク更新のルール」でも、「お客様への連絡頻度」でも構いません。
一つだけ、具体的な数字や行動レベルで言葉にしてみる。
「1時間あたり100仕訳が目安」「担当変更があったら当日中にツールを更新する」「月次決算後3営業日以内にお客様に連絡する」——こういう粒度で言語化することが、まず第一歩です。
③ 「なぜ必要か」をセットで伝える
基準を出すときに、必ず「これは何のために」を添える。
管理のためではなく、「あなたが正しく評価され、正しく成長するための目印」であることを伝える。
「この基準を設けることで、あなたの頑張りが見えるようになる」という文脈で話すと、受け取られ方がまったく変わります。
特にリーダー層に対しては、業務の遂行基準だけでなく、「チームの育成責任」「売上責任(紹介・解約防止)」「教育責任」——この3点をセットで基準化することが重要です。リーダーに何を期待しているかが明確になると、リーダー自身の動き方も変わってきます。
④ 繁忙期を避けて、落ち着いた時期に整える
確定申告期中に仕組みを変えようとすると、現場が混乱します。
「基準を整えよう」と思ったとしても、繁忙期の最中は避ける。
申告期が明けた後、少し落ち着いたタイミングで一つずつ整えていく。それで十分です。
一気に完璧を目指すより、小さく確実に積み上げる方が、定着率は圧倒的に高いです。
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【最後に】「厳しくすること」じゃなく、「曖昧にしないこと」

基準値を出す、というと「管理を強化する」「厳しくする」というイメージを持たれることがあります。
でも、私はそう思っていません。
基準値を示すことは、「あなたにこういう成長を期待しています」というメッセージです。
「ちゃんとやっていれば、ちゃんと評価される」という安心感の土台でもある。
曖昧なまま優しくすることが、実は一番しんどい環境を作ることがある。
そしてもう一つ。
組織に基準がないということは、「誰かに都合のいい基準」が勝手にできあがる、ということでもあります。
声の大きい人の基準、古参スタッフの慣習、なんとなくの空気——こういったものが「暗黙の基準」として機能し始めると、それを覆すことは非常に大変になります。
だから、早い段階で「言葉にされた基準」を置いておくことが大事です。
「厳しくすること」ではなく、「曖昧にしないこと」。
それが、結果として一番スタッフに優しい組織の作り方だと、私は思っています。
付け加えるなら、基準値を整えることは「スタッフへのメッセージ」でもあります。
「あなたの仕事をちゃんと見ている」「あなたの成長に期待している」という意思表示です。
曖昧にすることは、優しさではなく、ある種の「放置」になることもある。
もちろん、一度に全部は整えられません。完璧な評価制度を一気につくろうとしても、たいてい途中で止まります。
大事なのは、「一つずつ、言葉にしていくこと」を続けることです。
それが、事務所の文化を少しずつ変えていきます。
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「うちの事務所、基準値ってあったっけ……」と思った先生、ぜひ一度ご相談ください。
「まず何を言語化するか」から一緒に考えます(笑)。
今日もお読みいただきありがとうございました。良い一日を!
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